
| タイトル | ジェロントロジー総合会議 2025年日本国際博覧会 |
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| テーマ | 見えないものを観る眼を養う |
| 考察1 |
サービス介助士の学びの核はジェロントロジーなのか?
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| 考察2 |
南方熊楠の生涯から考察するジェロントロジー
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| 主催 | 公益財団法人日本ケアフィット共育機構 |
| 後援 | 内閣府 経済産業省 国土交通省 厚生労働省 国際博覧会推進本部 大阪府 大阪市 |
| 協力 | 南方熊楠顕彰館 公益財団法人南方熊楠記念館 熊野本宮大社 |
| 会場 | 大阪・関西万博フューチャーライフエクスペリエンス ステージとオンライン(zoomウェビナー)の ハイブリット開催 |
| 開催日時 | 2025年10月2日 木曜日 10:30〜18:00 |
| 目的 | 超高齢社会、少子高齢化、人生100年時代を迎えた我が国において、多様な人たちが生涯共にありのままに生きる、いのち輝く未来の社会をデザインするためにジェロントロジーをとおして考えるきっかけを創出し、世界へ発信する。 |
| 応募者人数 | 118名 |
| オンライン 参加者人数 | 最大97名 平均50名程度 |
| 会場参加者人数 | 最大42名 平均20名程度 |

テーマ:見えないものを観る眼を養う
超高齢社会を迎えた我が国において、人生100年時代、少子高齢化等、社会構造が一変されてきた。人手不足を解消するために定年退職制度の見直しや、再雇用契約の年齢引き上げ等取り組む企業も増えてきた。
このような状況の中で社会や環境の変革と、若い世代の人たちと高齢の人たち等、多様な人たちが互いに尊重し合い、活かし合う、調和されたインクルーシブな共生社会の実現が不可欠であると考えている。
公益財団法人日本ケアフィット共育機構では、前身のNPO法人日本ケアフィットサービス協会の設立、1999年から超高齢社会の到来を見据え、共生社会の実現に向けて活動してきた。
2000年からおもてなしの心と正しい介助技術を備えるサービス介助士資格制度をスタートし、2025年4月時点では23万人超のサービス介助士が街中で活躍している。そのサービス介助士の学びの核には「ジェロントロジー」がある。
ジェロントロジーとは加齢による身体的、心理的、社会的変化を医学、心理学、社会学、経済学、生物学、生態学、環境学等多角的に捉えた学問である。ジェロントロジーは高齢者の学問と捉えがちだが、人がこの世に生まれてから死ぬまで1人ひとりの人生そのものであり、また、先祖から子孫といった、生命を繋いでいくルーツまで視野に入れた哲学である。
ジェロントロジーは一人ひとりの人生観と世界観を創る哲学であり、さらには、人は何のために生まれて何をして生きるのか?自分自身の生き方に悩み、希望し、自らの存在価値を問い続け、継続して考え続けることこそ、ジェロントロジー哲学であると考える。そして、そもそも私たち「人」や「モノ」「lコト」等すべての存在は個ではなく、「関わり」から生まれていることを認識することが必要である。その上で、多様な人たちが暮らす社会の中で、人と人との対話を通して、交じり合い、共に学び、活かし合い、成長していくことで、それぞれの人たちが暮らしやすい拠り所、社会や環境を整備していくことがジェロントロジーのテーマであると考える。今回の会議は、ジェロントロジー哲学を掘り下げるために実施した。
今回のジェロントロジー総合会議ではサービス介助士の学びの核がなぜ、ジェロントロジーなのか? サービス介助士とジェロントロジーの関係性について考察していく。
次に、知の巨人と称された南方熊楠(みなかたくまぐす)の生涯からジェロントロジーを考察する。江戸末期から昭和初期まで生きた南方熊楠は博物学、民俗学の分野における近代日本の先駆者的存在であり、同時に植物学、粘菌や藻類の日本における初期の代表的な研究者である。その生涯は壮絶的だといわれているが、彼の人生そのものがジェロントロジーではないかという点を多岐にわたる専門家で討議し、考察した。
総括として物質社会から意識社会へパラダイムシフトしていく変革期に、私たちが考えるジェロントロジーの本質や、あるべき姿など新たな価値を見出し、ジェロントロジーの定義を提言した。
そして、ジェロントロジーをどのように活用し、私たちが行動していくか、いのち輝く未来社会へ向けて、大阪・関西万博フューチャーライフエクスペリエンスステージを拠点としたオンラインメインのハイブリット開催で、調和された持続可能な共生社会の実現にむけて世界へ発信していく。
1867年5月18日(慶応3年4月15日) - 1941年(昭和16年12月29日)は、日本の博物学者・生物学者・民俗学者。生物学者としては粘菌の研究で知られているが、キノコ、藻類、コケ、シダなどの研究もしており、さらに高等植物や昆虫、小動物の採集も行なっていた。そうした調査に基づいて生態学(ecology)を早くから日本に導入した。
1929年には昭和天皇に進講し、粘菌標品110種類を進献している。
民俗学研究上の主著として『十二支考』『南方随筆』などがある。その他にも、投稿論文、ノート、日記のかたちで学問的成果が残されている。
フランス語、イタリア語、ドイツ語、ラテン語、英語、スペイン語に長け
ていた他、漢文の読解力も高く、古今東西の文献を渉猟した。言動や性格が奇抜で人並み外れたものであるため、後世に数々の逸話を残している。
柳田國男から「日本人の可能性の極限」と称され、現代では「知の巨人」との評価もある。(ウィキペディアより)

「南方マンダラ」と呼ばれる図は、高野山真言宗の僧侶土宜法龍に宛てた書簡の中に描かれたもので、何種類かある。このうち最もよく知られているのは、1903年7月18日付けの書簡に見られるものである。この図には、世界の因果関係が表されており、その因果関係がもっとも密に交わる点を、熊楠は「萃点」と呼んでいる。さらに熊楠は、そうした因果関係同士の接触により、新たな因果関係が生じることを説いている。


サービス介助士とは高齢者や障害者など多様な人が暮らす社会で、年齢や障害の有無に関わらずに誰もが社会参加できるように必要なことをその人、その場にあったやり方で出来る( = ケアをフィットする)人になるための資格である。

九州旅客鉄道株式会社 社員研修センター 社内トレーナー
佐賀県武雄市出身。1998年3月佐賀県立佐賀農業高等学校農業土木課卒。1998年4月 九州旅客鉄道株式会社入社。入社以降、主に工務(保線)部門での経歴が長く、2023年より社員研修センターにて社内トレーナーとして社員教育・人材育成に携わる。

九州旅客鉄道株式会社 社員研修センター 営業・サービス担当講師
黒川氏と一緒に講演1に登壇

九州旅客鉄道株式会社 社員研修センター 社内トレーナー
パネルディスカッション1に登壇

九州旅客鉄道株式会社 社員研修センター 安全創造館担当
パネルディスカッション1に登壇

幸せの入口屋 当主 兼エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社 専属カウンセラー
広島県三原市出身。高校卒業後、阪急阪神百貨店に入社。コンピュータ部門でシステムエンニアとして勤務。1995年に治癒不可能と言われる目の難病「網膜色素変性症」を発症。視力・視界が失われてゆく中、カウンセラーの資格を取得し社員初の産業カウンセラーに抜擢、任命される。現在、オンラインで講演活動や心眼塾、伝え方教室(話し方教室)を行なっている。

JR西日本グループ特例子会社 株式会社JR西日本あいウィル兼 サービス介助士アドバイザー
兵庫県神戸市出身。JR西日本あいウィル入社4年。現在ヘルスケア事業部勤務。

JR西日本グループ特例子会社 株式会社JR西日本あいウィル 兼 サービス介助士アドバイザー
兵庫県尼崎市出身。JR西日本あいウィル入社15年。現在総務部勤務。

JR西日本グループ特例子会社 株式会社JR西日本あいウィル 兼 サービス介助士アドバイザー
兵庫県尼崎市出身。証券会社15年勤務後、JR西日本あいウィル入社1年。現在総務部勤務。

神奈川大学 国際日本学部 教授 (公財)日本ケアフィット共育機構 評議員
1970年愛媛県松山市生まれ。国際基督教大学卒業。ロンドンメトロポリタン大学経営学修士(MBA)観光学専攻課程修了。日本航空、松下政経塾、韓国観光公社、日本総合研究所、東北福祉大学、東洋大学を経て、2020年4月より神奈川大学着任。日本ホスピタリティ観光学会会長。

北海道医療大学 看護福祉学部 特任教授 (公財)日本ケアフィット共育機構 理事
ジェロントロジー哲学・共育・生命倫理を人間芸術と即興的表現を用いた共育と防災実践に導入することをテーマに、高齢者と障がいを自らを含むQOLの生涯実践共育として学んでいる。知的障害のある人を含めてヨガ・ユニバーサル・ジェロントロジーのカリキュラムを作成し、それぞれの状況に応じた対応や指導法の研究実践を行っている。

エムケイ観光バス株式会社 京都市交通局 受託横大路B区分 営業所長
京都府京都市。京都私立立命館宇治高等学校卒業。1999年4月エムケイ観光バス株式会社入社。総総合支援学校統括責任者、教習センター所長を経て、現在は京都市交通局 受託横大路B区分 営業所長。京都市の総合支援学校スクールバス統括責任者として、得た学びと知識で、卒業後の支援学校生徒の通所や余暇活動を支えられる様にサポートしている。

社会福祉法人同胞会 DOHO グループ Noa-cube主任
京都府出身。関西福祉科学大学 社会福祉学科卒業。大学に在学中に、社会福祉士の実習の為、“同胞の家”へ行く。卒業後に実習の流れから社会福祉法人同胞会に就職。主に重度の障害者支援に携わり、現在は「Noa-cube」(生活介護事業)主任。専門分野は、生活介護、強度行動障害ケア、医療的ケア。

最重度発達遅滞を伴う自閉症の子を持つ母
京都府京都市出身。アミューズ美容専門学校卒業。最重度発達遅滞を伴う自閉症者の母。障害がある子の子育てから学んだ経験を生かした障害福祉活動従事。障害のある方が、必要な支援を必要な体制で、支援が受けられるようにする為の活動や、支援者が、支援しやすい環境を作る為の、行政への働きかけを行っている。

熊野本宮大社 宮司
1956年和歌山県生まれ。1979年國學院大学文学部神道学科を卒業後、明治神宮奉職。1985年、熊野本宮大社奉職。2001年、熊野本宮大社宮司就任。2016年3月、和歌山県神社庁長就任。2017年1月、一般社団法人茶道裏千家淡交会南紀支部長就任。2019年5月、神社本庁理事就任。著書に「熊野神と仏」などがある。

公益財団法人南方熊楠記念館 学術スタッフ
岡山県出身。神奈川大学大学院歴史民俗資料学研究科博士後期課程単位取得退学。 2012年から神奈川大学理学部非常勤講師、2013年から市立市川歴史博物館非常勤学芸員、2021年から(公財)南方熊楠記念館学芸員。 文化人類学、民俗学、博物館学、文化財科学など研究している。代表論文として「神社合祀反対と継承される獅子舞―南方熊楠と上富田の神社」「南方熊楠の生物曼荼羅生きとし生けるものへの視線」などがある。

南方熊楠顕彰館館長(龍谷大学国際学部教授/博士)
1964年京都府生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程中退。東京大学教養学部留学生担当講師、ケンブリッジ大学客員研究員などを経て、現在、龍谷大学国際学部教授、南方熊楠顕彰館館長。著書に『南方熊楠、一切智の夢』(朝日新聞社。小泉八雲賞奨励賞受賞)、『南方熊楠―複眼の学問構想』(慶應義塾大学出版会。角川財団学芸賞受賞)などがある。

ファシリテーター
理事・大阪事務局長

ファシリテーター
事業本部長

ファシリテーター
甲州事業所ケアフィットファーム
スーパーバイザー

司会
東京事務局
ジェロントロジー総合会議は、「見えないものを見る目を養う」をテーマに掲げ、大阪・関西万博で開催されました。これは、高齢者や障害のある方への介助技術を広める日本ケアフィット共育機構の活動の根底にある理念です。
会議の根幹となるジェロントロジーは、「年齢を創り上げていく」「創齢学」と定義され、人が生まれてから死ぬまでの人生全体を多角的に捉え、「すべての存在は関わりから生まれる」という哲学を核とします。
そして、会議のもう一つの柱は、「知の巨人」南方熊楠の思想です。彼の「南方曼荼羅」の中心にある、世界の因果関係が最も密に交わり新たな因果関係を生む「萃点(すいてん)」思想が取り上げられ、その哲学が議論されます。
本会議は、これらの考察を通じ、「多様な人たちが生涯ありのままに生きる命輝く未来の社会をデザインする」ために、新たなジェロントロジーの定義を提言し、共生社会実現に向けたメッセージを世界へ発信することを目的としています。


JR九州は、鉄道に加え不動産や流通など多角的な事業を展開する中で、2024年度に経営理念を刷新し、「九州の元気を、世界へ」という夢を掲げました。これは、世界中からの利用者が多いという事実に基づき、多角的な事業と地域の魅力を通して、九州と世界の人々を元気にすることを目指すものです。この夢を実現するため、同社はサービスのソフト面強化としてサービス介助士資格の取得を推進し、全現場管理者600名というKPIを設定しました。資格取得を加速するため、インストラクターを内製化し、多様な経歴を持つ社員が指導にあたることで、対話の重要性など、顧客視点に立った深い気づきを促しています。また、「ななつ星 in 九州」の運行を通じた最高の「おもてなし」と、沿線住民による「地域のおもてなし」が一体となり、この元気の発信源となっており、サービス介助士の学びはその活動を支える重要な要素であると強調されました。
西亀氏は、「地域社会の発展とジェロントロジーの要素」をテーマに講演しました。同氏は、H2Oリテイリングが地域貢献に取り組むことに言及しつつ、中途失明という困難な経験を語りました。視覚を失うことや手の痛みといった人生のピンチを、成長のためのピースとして受け入れる哲学を提示。この経験から、「使えることへの感謝」や、困難に直面しても希望を見出す力を体得したと強調しました。
これは、加齢や障害に伴う変化に対し、前向きに適応し、新しい役割(カウンセラー)や技術(スマホ)に挑戦し続けるという高齢社会における重要な要素を示すものです。点字習得の苦難や、恩師の「障害を壁と思うか扉と思うか、それは本人次第」という言葉を引用し、聴衆に「決して決して諦めないで、あなたの夢を」というメッセージを贈りました。

JR西日本の特例子会社である株式会社JR西日本あいウィルに勤務する三氏は、「障害当事者から見たジェロントロジーの必要性」について語りました。三氏は、サービス介助士のアドバイザーとして活動する立場から、介助時には意図を伝えるための「声かけ」が最も重要であり、急に体を掴んだり、聴覚障害者のように「見えにくい障害」に気づかなかったりする状況への理解を求めました。特に古氏は、情報保障の不足を指摘し、健聴者に聞こえない状況の当事者体験を提案しました。未来設計として、三氏全員がバリアフリーな社会での国内外への旅行を希望。そのためには、点字ブロックやトイレなどのハード面での整備に加え、緊急時の情報保障等、社会的な配慮が必要だと訴えました。障害の有無に関わらず、誰もが活動的で希望に満ちた未来を送るために、社会全体で環境と理解を整えること(ジェロントロジーの理念に沿う)が不可欠であるというメッセージを伝えました。




ホスピタリティ業界の高い離職率が、「感動」を押し付け、従事者を疲弊させる感情労働に起因すると指摘。従来のサービスが「ありがとう」を求め、無意識に相手を見下す構造に疑問を呈しました。
そこで着目したのが「サービス介助士」です。これは、おもてなしの心と、正しい介助技術を組み合わせた資格であり、「ケアする側とされる側が共に喜ぶ関係」を目指します。
自身の加齢による気づき(失うことは悪ではない)を交え、介助士の中核にはジェロントロジーあること。真のホスピタリティは、「人が一番嬉しいのは人を喜ばせること」という純粋な奉仕であり、見返りを求めず他者の幸せを祈る姿勢こそが重要だと結論づけました。



九州旅客鉄道株式会社 社
員研修センター 井野弘貴・江藤翔平
エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社 西亀 真
株式会社JR西日本あいウィル 荒田 舞子
神奈川大学 教授 島川 崇
北海道医療大学 看護福祉学部
特任教授 髙橋亮(オンライン)
ファシリテーター 喜山光子・冨樫正義

JR九州のインストラクターは、受講生が「ひ孫を抱っこしたい」など具体的な未来の目標設定から、健康づくりへの行動変容を起こす事例を紹介し、ジェロントロジーが前向きな生き方につながることを示しました。島川教授は、学生がジェロントロジーを学ぶことで、世代や価値観の違いを想像する力を養い、視野を広げることが重要だと強調しました。講演家の西亀氏は、認知症予防に向けた活動が将来の夢だと語り、サービスの喜びは見返りを求めない純粋な奉仕にあるという哲学を共有しました。結論として、サービス介助士の学びは単なる技術ではなく、「一人ひとりの人生に寄り添い、共に喜ぶ」関係を築くためのジェロントロジーという哲学が不可欠であると再確認されました。


本座談会では、三者から、共生社会実現への課題と、その解決に向けた「支援の輪」の重要性が語られました。障害児の母である野澤氏は、「社会の最大の障壁は人の偏見」であり、「障害者=車いす」という画一的な理解から脱却し、自閉症を含む多様な特性に合わせた制度と支援体制が必要だと訴えました。エムケイの加藤氏は、スクールバスの運転手が子どもの様子を観察・推測・伝達する「支援者」であることを自覚し、基本を徹底することが重要だと指摘。ノアキューブの廣瀬氏は、重度障害者支援における現行制度(職員配置基準)の限界を訴え、利用者支援には保護者や関係機関との「つながりの輪」が不可欠だと強調しました。結論として、三者は「人とのつながり」と「支援の輪の拡大」を通じて、ありのままの姿で生活できる社会の実現を目指すという共通認識を強く示しました。


熊野は熊野三山(本宮・速玉・那智)から成り、日本では珍しく神と仏を共に祀る「神仏習合」の発祥地です。特に熊野は「自然ありき」の信仰であり、日本人本来の自然への畏敬の念、「命の根幹」を育む場所と強調。本宮大社は、136年前の大水害で旧社地(大斎原)から高台へ移築された歴史を持つものの、今なお多くの参拝者を惹きつけます。熊野古道は、スペインのサンティアゴ巡礼路と並ぶ「祈りの道」として世界中(74カ国)から人が訪れ、自然の力で「生きながらのよみがえり」を体感する場所となっています。三山にはそれぞれ「過去(速玉)」「現在(那智)」「未来(本宮)」を司る意味があり、本宮で未来への目標を立てることで、再生が始まると結びました。



南方熊楠の広範な生涯と業績が紹介された。
熊楠は和歌山出身の博物学者であり、幼少期から和漢図鑑などの筆写により膨大な知識を蓄積した。私費でアメリカ、イギリスに渡り、ロンドンでは大英博物館で研究を続け、科学雑誌『ネイチャー』に多数の論文を寄稿し、革命家の孫文とも交流した。
帰国後の主な業績として、「神社合祀反対運動」を通じた熊野の森の保護がある。これは、エコロジー(生態学)の視点から生物多様性の重要性を訴えたものであり、後の世界遺産登録の背景となった。また、一介の在野の学者でありながら、昭和天皇に粘菌の標本を御進講するという異例の出来事も特筆される。
熊楠は生涯を通じて粘菌などの研究に情熱を注ぎ、「世界にまるで不要のものなし」という思想を体現した。講演では、その知識欲と、熊野の自然保護に果たした大きな功績が強調された。


南方熊楠顕彰館館長である松居竜五氏の講演では、南方熊楠の思想的中心である南方曼荼羅と萃点の概念が解説された。
まず、熊楠は顕微鏡下の粘菌などの生命現象を深く探求し、「無尽無窮の大宇宙」から得られる「楽しさ」こそが「知」であると定義した。彼は、粘菌のライフサイクルを「心の変化転生の一種の曼荼羅」と捉え、生命の世界そのものが曼荼羅であるという独自の生命観を示した。この「知」は、論理的な人工知能(AI)には不可能で、人間にのみ可能な「楽しむこと」に結びつく重要な行為であると提言された。
次に、熊楠が土宜法龍に送った南方曼荼羅は、原因と結果(因果関係)の線が複雑に絡み合い、世界を構築する様子を図示したものであり、後の複雑系の思想を先取りするものとして解釈された。この曼荼羅において、因果関係が最も密に集まる点が「萃点(すいてん)」である。松居氏は、この萃点は固定された中心ではなく、因果関係が時間とともに動くため、絶えず移動し変化する動的な点であると強調した。
さらに、熊楠は曼荼羅を「人間から見た世界」と明記しており、生物学者ユクスキュルの「環世界」の思想に通じる、生物それぞれの主観的な世界観(曼荼羅)の存在を示唆した。人間が論理を超えて見えない道筋を捉える力、すなわち「やり当て」こそが、新しい発見を生む本質的な力であると結論づけられた。



公益財団法人南方熊楠記念館 学術スタッフ 三村 宜敬
南方熊楠顕彰館 館長 松居竜五
ファシリテーター 喜山光子 森屋直樹
本パネルディスカッションは、「ジェロントロジーの新たな定義の構築」と「南方熊楠からジェロントロジーを考える」をテーマに据えて開始されました。
まず、森屋氏は、ジェロントロジーとは「一人ひとりの人生観・世界観を作る哲学であり、自らの存在価値を問い続けて考え続けること」だと定義を提示しました。続いて、喜山氏が、南方熊楠をテーマに選んだ個人的な経緯を説明し、長年の「偶然」の出会いを万博という「必然」に結びつけるためであったと述べました。
討論の核心は、「見えないものを観る眼」の養い方に移りました。松居竜五氏は、見えないという事実を知り、「わからないものの中にこそ未来がある」と捉えることが重要だと主張しました。三村宜敬氏は、粘菌の観察を例に、知識のインプットと体験による反復が観察眼を養うとし、森屋氏は、目に見えない他者の心や、五感をフル活用する人々の生き方から学ぶ重要性を強調しました。
次に、「見えないものを観る眼をどう養うか」という問いに対しては、松居氏が「好奇心」を、三村氏が「身体的な反復と行動」を挙げました。森屋氏は、高齢や障害によって選択肢が狭まり、孤立化することで好奇心が失われる現状を指摘し、「つながりのある環境」と、他者との「対話」を通じた想像力(思う力)が、力を養う鍵となると述べました。
最終的な問いである「南方熊楠から考えられるジェロントロジーとは?」に対し、三村氏は、熊楠が同世代の短命な人を見て「今を刹那的に楽しんで生きた」姿勢を指摘し、老いるにつれて人との関わりのキャパシティを狭めていった生き方から学ぶべき点があるとしました。松居氏は、熊楠が生涯を通じて、社会的な困難(逮捕や息子の問題)があっても、「宇宙の中で生きてる楽しさ」を失わず、全てを自分のものとして消化した姿勢こそがジェロントロジーの最も学べるところであると結論付けました。また、熊楠は非常に非常識な人物であったが、その「わからない」存在として探求心を刺激し続けた点も重要であると述べました。
最後に森屋氏は、熊楠が他者に対して無理をせず、自分らしく生きるために、手紙のやり取りに留めるなど「自分に素直な人間関係」を構築した点を評価し、この姿勢が「考えることをうまくする」という点でジェロントロジーに学ぶべきところであると総括し、パネルディスカッションを締めくくりました。




神奈川大学 教授 島川 崇
公益財団法人南方熊楠記念館 学術スタッフ 三村 宜敬
南方熊楠顕彰館 館長 松居竜五
ファシリテーター 喜山光子 冨樫正義 森屋直樹
セッションの焦点は、博物学者・南方熊楠の思想と「南方曼荼羅」の解釈、およびそれに基づいた「新たなジェロントロジーの定義」の提言、そして登壇者各自が「自身の生涯から考察するジェロントロジー」を語ることでした。
1.南方曼荼羅と「萃点(すいてん)」の考察
登壇者は、南方熊楠が提唱した「南方曼荼羅」の中心概念である「萃点(すいてん)」について議論しました。萃点とは、無数の因果関係が集まり交差する「瞬間的な焦点」であり、固定的な「中心」ではなく、常に移動するものです。
登壇者はこの概念を人生と社会に適用しました。
松居竜五氏(南方熊楠顕彰館館長)は、曼荼羅は近代科学が重視する「必然」だけでなく、「偶然のうねり」を描いたものであり、人間に本当に重要なのは偶然であると解説しました。
島川崇氏(神奈川大学教授)は、自身の人生経験から、萃点は「偶然が必然になり、必然が偶然を生む」ことを象徴していると述べました。
森屋直樹氏(日本ケアフィット共育機構)は、ケアフィットの活動が、中心を持たず、人と人が交差する「移動する推移の場(インクルーシブな場)」を創出することを目指していると述べました。
2.自身の生涯から考察するジェロントロジー
登壇者は、自身の人生経験からジェロントロジー(創齢学)を考察しました。
松居氏は、研究者として客観視できない自身の生き方と向き合い、「死の恐怖」をどう受け入れるかという、生と死を対比し続ける姿勢こそが最大のジェロントロジーだと述べました。
島川氏は、衰えを自覚し「見えていたつもりで見えていなかった」ことに気づき、「見えないものがある」と認識した境地を語りました。
三村宣敬氏(南方記念館学術スタッフ)は、遠回りしたように見えた研究の道が結果的に繋がった経験から、「遠回りこそ最短のルート」だと捉えることが自身のジェロントロジーだと述べました。
喜山光子氏(日本ケアフィット共育機構)は、自身のジェロントロジーを、常に「なぜ?」という疑問を持ち続けることだと定義しました。
冨樫正義氏(日本ケアフィット共育機構)は、「目に見えるものは見えないものでできている」という意識を持ち、結果だけでなくプロセスを大切にすることが自身の生き方だと述べました。
3.新たなジェロントロジーの定義と宣誓
公益財団法人日本ケアフィット共育機構は、これらの議論を総括し、以下の「新たなジェロントロジーの定義」を提言しました。
本質:
「一人一人の人生観と世界観をつくる哲学であり、自らの存在価値を問い続け、継続して考え続けること。」
価値:
「好奇心を持ち、目に見えないものを見る目を養い、共にある精神で関わり築きつながる。
人と人、人と自然に対しても尊敬の念を持ち、対話を通して生かし生かされていくことで自分らしくいられる社会をつくる。」
そして、この定義に基づき、「いのち輝く未来社会へ向けて、自分自身と他者を包摂できるよう関わり築きつながることができる学びの機会と対話の場を作り続ける」ことを、インクルーシブな社会創出への行動指針として宣誓し、本会議を締めくくりました。



私たちが考えるジェロントロジーの本質とは、
一人ひとりの人生観と世界観を創る哲学である。
人は何のために生まれて何をして生きるのか?
自分自身の生き方に悩み、希望し、
自らの存在価値を問い続け、継続して考え続けることである。
そこにはどのように人と環境と
「かかわるのか」死ぬのかも含まれる。
新たなジェロントロジーの価値として、
好奇心を持ち眼に見えないものを観る眼を養い、
共にある精神で、かかわり、気づき、つながる。
人と人、自然に対しても尊敬の念を持ち、対話を通して、
いかしいかされていくことで、自分らしくいられる社会を創る。
私たちが考えるジェロントロジーの本質とは、
いのち輝く未来社会へ向けて、あらゆるものが交じり合い、
活かし合える、調和された持続可能な共生社会、
インクルーシブな場をみなさまと共に創出していくため、
新たに定義したジェロントロジーの定義に基づき、
自分自身と他者を包摂できるよう、
かかわり、気づき、つながることができる
学びの機会と対話の場を
創り続けていくことを宣誓する。
①ジェロントロジーの新たな定義と行動指針を基に、インクルーシブ・ジェロントロジー(仮)、共生創齢学(仮)と命名し、障害者の高齢化問題、地域の超高齢化・過疎化問題等、社会課題の解決に向け調査研究し、産官学民連携し、実践的な解決策を策定する。
②将来的には新たな領域のジェロントロジーのコミュニティ、コンソーシアムを構築する。

