01 障害者の経験から防災を考える

3.11東日本大震災から10年 障害者の経験から防災を考える①
- 福島で被災した車いすユーザー -

3.11東日本大震災から10年 障害者の経験から防災を考える① - 福島で被災した車いすユーザー -

防災介助士インストラクターの冨樫正義です。東日本大震災から10年が経過しようとしています。東日本大震災では障害のある人の死亡率が被災住民全体の死亡率の約2倍に上ったとのデータもあります。その時何が起こっていたのか、障害のある人を取り巻く環境について、この10年で変わったこと、変わっていないことを3回にわたり、当事者のお話しからひも解いていきます。
第一回目は車いす使用者であり、福島県で被災した小野和佳さんです。

情報がなく、
避難もできない

ーー東日本大震災が起こった時の状況を教えてください。

小野さん福島県いわき市にある自立生活センター(障害者が主体となって 障害者の地域での生活をサポートするセンター)で勤務中でした。
14時46分大きな地震があった時には、センター内に車いす使用者が7名程いましたが、自力で動くこともできず、ただその場で頭を抱え込むようにして、落下物から頭を守ることで精一杯でした。幸い皆怪我もなく無事でしたが、揺れが収まったときに歩けるスタッフは皆テーブルの下に隠れていたのを見たときはショックでした(笑)
当時センターにはテレビやラジオを置いていなかったこともあり、何が起こっているのか全く分からずに、センター内で待機していました。17時過ぎにヘルパーさんから津波が来たことや、街の状況などをやっと聴くことができました。

震災当初のいわき市街地の様子

震災当初のいわき市街地の様子

震災当初のいわき市街地の様子

小野さんその後、1人暮らしのアパートに戻りました。階段の一部が壊れていましたが、避難所に行くことはありませんでした。なぜなら、避難所に行ったセンターの利用者さんが、半日で戻ってきてしまっていたからです。指定されている避難所のトイレが、和式トイレしかなかったのです。その人は自分で歩くことができ、言語障害がある方です。普段、センターを利用する時には、トイレも自分でできます。ですが、あくまで洋式トイレであれば。という条件付きでした。そのことに気づけていなかった、私たちもショックでした。災害時に様々な人が避難するということが想像できていなかったのです。障害がある人はすぐに行ったり来たりすることが出来るわけではありません。多機能トイレはあるか、ベッドはあるかなど情報がなければ、避難所にいくことを躊躇してしまいます。
また、福祉避難所に関しても、私たちの無知もあり、話題にもなりませんでした。開設されていたのかも不明でした。とにかく情報がなかったのです。

NPO法人いわき自立生活センターでの一時避難の様子

NPO法人いわき自立生活センターでの一時避難の様子

たくさんの情報が飛び交い、
いわきを離れる人達が続出。

残される障害者

ーー原発事故の影響はありましたか?

小野さん福島は原発の事故もあり、自然災害とは別の問題がありました。現地で様々な情報が飛び交ったことです。「いわきでは放射能の危険性が高く人体に影響がある」、「トラック運転手がいわきに入るのを拒んでおり、物流も止まる」などのうわさが広まりました。このことにより、ヘルパーのみなさんが外出を自粛したり、他県に避難するようになり、ヘルパー不足が発生しました。
みなさんのお手伝いをしたいが、家族の反対で福島を離れることになったと泣きながら説明する人もいて、私たちではどうしようもない状況に追い込まれました。また、薬を十分に確保することができなくなるなど、医療へのアクセスも難しくなり、福島では十分な支援を受けることができないと判断して、いわきのセンターを離れ、全国障害者総合福祉センター・戸山サンライズへ集団避難を決断したのです。

東京に来た人は
一部だった

ーー東京ではどの様な生活をしていましたか?

小野さん全国の自立生活センターのネットワークで集団避難できるところを探して障害のある人10名程を含む30名程で新宿にある全国障害者総合福祉センターに避難しました。
障害のある人は生活環境が異なることに対する不安が強く、地元に残る人も多かったです。

全国障害者総合支援センターへの集団避難では全国の自立生活センターの仲間が出迎えてくれました

全国障害者総合支援センターへの集団避難では
全国の自立生活センターの仲間が出迎えてくれました

10年経っても
避難所は使用しにくい印象は
変わらない

ーーこの10年で変わったことはありますか?

小野さん毎年のように大きな災害が起こっていることもあり、個人個人での防災意識は高まったと思います。ただ、障害のある人にとって、避難所は使用しにくいという意識は変わらないですね。避難所は普段学校として利用されていることが多いですから、健常者が利用することを前提に作られているところが多く、障害のある人の利用が想定されていないのです。また施設情報も少ないです。一番の問題はトイレです。どの様なトイレなのか、またどこにあるのか、分からないと避難は難しいです。最近は段ボールベッドも増えてきましたが、重度の障害のある人は横になれるかが不安なのです。だから避難所などの公的な施設より自宅で馴染みの支援サービスを利用する方が安心できるのです。すると支援物資が届かないこともありますから、結局は自分たちで何とかすることを考えてしまうことが多いですね。
ただ、コロナ禍で体育館にテントを使用して避難している映像を見たときは、その手があったかと思いました。テント生活はプライバシーも保てますし、ケアも受けやすいため、助かります。衛生面でも人との距離が保たれ安心です。新型コロナウィルス収束後もテントが設置されると良いですね。

エレベーターしかない状況
怖い

ーー街中で被災した時に不安なことはありますか?

小野さん今11階建てマンションの10階に住んでいますが、やはりエレベーターの問題は大きいですね。台風19号の際は、マンションのエントランスに室内用の車いすを置かせてもらい、万が一エレベーターが止まったら階段の手すりを使用して歩いて降りて、その後は車いすで移動できるように準備しました。
車いす使用者にとっては外出先でエレベーターしかないことが不安です。エレベーターが止まった時に、非常階段しか選択肢がなくなってしまうことに強い不安があります。搬送用の担架や昇降機などが設置してあると安心です。
これは車いす使用者だけではなく、杖を使用している人やベビーカーを使用している人も同様ですね。駅やデパートなど多くの人が利用する施設では、災害時の対応も考えて欲しいです。また、移動が困難な人にとっては、その時エレベーターが止まっているのかも分かりません。自宅で災害が起きた時、被害状況によっては、自分でエレベーターが止まっているかどうかを確認すること自体、困難な場合があります。緊急時の情報提供の仕方も検討して欲しい点ですね。判断材料がないと動くことも難しいのです。

地域のお店を利用して自分を知ってもらう

ーー普段の生活で心がけていることは?

小野さん挨拶ですね。引っ越して来た時に、自治会の人との顔合わせの機会を作ってもらって、挨拶をしましたし、マンションで近所の人と顔をあわせた時には必ず挨拶をしています。災害時に支援して欲しいとまでは言えませんが、挨拶をすることで、ちょっとした会話が生まれ、私の障害の程度などについて知ってもらえる機会につながっています。やはり挨拶は重要ですね。先日の大きな地震(2月13日福島県沖地震)でも近所の方が声をかけてくれました。
また、コロナ禍もあり、生活圏内を地元にしたところ、地域でのネットワークも増えて来ました。私がスーパーマーケットや美容室などのお店を利用することで、お店の方でも段差がバリアになっていることへの気付きや基本的な介助方法の理解が広まったのです。
防災のための訓練も大切ですが、普段からの地域の人との関わりが一番大切ですね。
自分のことを理解して欲しいと求める前に、地域のお店を利用して、そこで働いている人と話すようにしています。それが災害時の支援につながるかは分かりませんが、障害のある人が地域にいることを知ってもらえるだけで良いかなと思っています。
コロナの影響もあり、地域への関わりの意識が変わったことは良かったですね。

全員が被災者になることを想定する

ーー小野さんのように、積極的に人とコミュニケーションをとれない人もいますが?

小野さん福祉サービスの利用、支援者だけで生活が成り立っているのも、災害時には課題になる場合があると思います。地域との関りがあると災害時ヘルパーさんが駆けつけることができなくても助けを求められる可能性が高くなります。ヘルパーさんも被災することを想定しないといけません。災害は地域全体が被災しますから、全員が被災者になることを想定して日常を送ることが大切ですね。コミュニケーションをとれないなど、いろいろな困難さがある方でも、災害に備えることは、ヘルパーや支援者とともに行えます。できることと、できないことがある。と、どこか割り切らず、備えをあきらめないことが大切ではないでしょうか。


企業や組織での障害者等への防災の対策に
必要なことは?

…防災の視点で日常から多様な人との関係構築とバリアフリー対策が重要

車いす使用者にとっては階段しかない施設は使用しにくく、エレベーターやスロープなど選択する手段が2つ以上ないと困ることがあります。移動の選択肢が一つにならないように準備することが様々なお客様の安全を守るためには必要です。
災害によって、平常時から課題になっているものは災害時により一層顕著になります。
地域の過疎化、人とのつながりの希薄さなどが東日本大震災で浮き彫りになりました。
バリアフリーについても同じことが言えます。障害のある人と日頃から接点を持ち、平常時でも利用しやすいバリアフリー・ユニバーサルデザインな環境を整えることで非常時にも迅速な行動ができるようになります。


防災介助士

防災介助士では、災害とは何か、を学び、高齢者や障害者など、災害時に配慮を必要とする、避難行動要支援者への応対について学ぶことができます。
防災においても忘れがちな多様な人への対応、バリアフリー対応についてしっかり備えておきましょう。

防災介助士についてはこちら


小野さん

小野和佳さんプロフィール
2003年いわき市にある自立生活センターの当事者スタッフとして勤務。
2006年福島県全身性障碍者等連絡会の事務局長を担う。
2011年の東日本大震災を受け、福島県内の5ヶ所の自立生活センターで、原発事故等からの障害者の居住場所を変える支援を目的とした「サテライト自立生活センター」(神奈川県相模原市)での活動のため上京。
現在、自立生活センター自立の魂 〜 略して じりたま!〜
当事者スタッフとして勤務中
http://www.jiritama.jp/外部リンク
障害者エンパワメントプロジェクトを発足しています!!
http://www.jiritama.jp/ivent/ivent202003.html外部リンク


【シリーズ】3.11東日本大震災から10年 障害者の経験から防災を考える


このページの先頭へ